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となりの国際人:ホスピタリティー業界 メルキュール銀座GMピーターさん

ピーター・ドゥ・ワートさん メルキュールホテル銀座 総支配人

本日の「となりの国際人」は、世界最大のホテルグループの1つ、「Accor Group」の中央区銀座にあるホテル、メルキュールホテル銀座東京の総支配人、ピーター・ドゥ・ワートさんに注目します。

EC: 自己紹介をおねがいします。

ピーターさん:ピーター・ドゥ・ワートと申します。ちょっと珍しい名前なのは分かっています。フラマン語(ベルギーの公用語のひとつ)での発音は英語の「ウィアード」を連想させる発音なので、よく『Pieter the Weird』=「変わり者のピーター」ってからかわれますが、いえいえ、冗談抜きに本名なのです。

「アコーグループ」は90ヵ国に、4,200軒程のホテルを展開します。私は、メルキュールホテル銀座東京の総支配人と、アコーホテルズの日本地区運営統括をしています。

元々旅行は大好きでしたし、多くの国で活躍してみたいと思い日本に来ました。

 

〜ルワンダ生まれ、出世階段を一気に駆け上ったあの頃〜

EC: アフリカのルワンダでお生まれになったそうですね!

ピーターさん:そうです。アフリカは良いですよ。 今までの人生、思春期までルワンダで過ごし、両親の国ベルギーに戻り、再度アフリカ、再度ベルギー、その後日本に来ました。世界各地を転々としています。

EC: 元々ホスピタリティー業界に興味をもたれたのは、大学の専攻をきっかけにですか?

ピーターさん:ふふふ。大学に行ったとは一言も言っていませんよ。高校卒業後、夜勤のポーターとしてホテルでのキャリアをスタートさせました。荷物を運び、トイレの清掃をする、そんな日々でした。(遠い目) このような経験の中で基礎をしっかり経験し、また私は4カ国語を操る事が出来ましたので、その後の出世はスピーディーでした。当時は大学の学位等は重要視されない時代でしたので。。(その20年後大学に入って学位を取りましたが) ナイトポーターから始まり、レセプション、フロントオフィスのリーダー、マネージャー、そしてジェネラルマネージャーの階段を駆け上がりました。相当な努力もしましたが、運も味方してくれたと思います。

EC:5年で頂点を極めるとは、よっぽど学ぶ力が凄まじいのでしょうか。。

ピーターさん:自分では分かりませんが、とにかく良く質問をします。分からない事があったら絶対に放っておかず答えを導きだす様に努力します。

EC: いい聞き方について何かコツはありますか?

ピーターさん:うーん。たまに人にいやがれる程質問してしまいますが、上司、同僚いずれにしろ、私になにか任せるのであれば、こちらも最高の結果を出すのが筋だと思っていますので、必然的に質問にも熱が入るのです。 また周囲にも喜んで教えてくれるスタッフが多かったので、幸いでした。

EC: 日本に来る前は?

ピーターさん:アフリカやベルギーのホテルを中心に、18年間アコーグループで活躍していました。子供が多感な時期に転校を繰り返すのはあまり良くないと思い、子供の学校の為に、母国ベルギーにはその間長く滞在していました。 私自身も幼少の頃6回の転校を繰り返した思い出がありますので良く分かります。しかしながら2番目の子供、長男が16歳になった時、「もう大丈夫だな」と家族の了承を得て私の転勤生活を再開させました。16歳にもなれば子供の方も親より自由が徐々に欲しくなるでしょうですしね。

EC: アコーグループの前のお仕事は何かされていたのですか?

ピーターさん:アフリカの高校を卒業して、ベルギーに渡ったのですが、母国にも関わらず右も左も分からない社会で外国人の様な状態でした。

大学で法律等や様々な学問を試したのですが、どれもしっくりいかず、働く事にしました。 最初の職種は1984年、イギリスやアイルランドに展開するコンテナのロジスティックス企業でのセールスエグゼクティブでした。

あまりコンテナだけを取り扱う仕事に興味が湧かずにいた所、ラマダホテルの総支配人秘書をしていた友人から声をかけてもらいました。私の語学力と人間性、センスの高さを認められての推薦でした。 当初は、レセプションの業務と聞いていましたが、わずかな差で他の候補者に内定が決まりました。一日たりとも失業者のレッテルを貼られたくなかったので、夜勤ポーターとしてのスタートをしました。同じく1984年の事でした。

当時ブリュッセルにヨーロピアンユニオン(当時は、EEC)の本部が置かれることになり、ヨーロッパ中からの注目と訪問者が増え、またホテルの建設ラッシュも重なり、新規採用はもちろん、ひきぬきも多く、即戦力として活躍できた私はとても重宝されました。

私は、若い頃から毛がふさふさではありませんでしたので、いつも実際の歳より上に見られていました。26歳のときに偶然立ち聞きした上司の会話では「ピーターはもう30歳だから昇進させよう。。」と。これも運の一つです。28歳の童顔の同僚を差し置いて昇進を果たしました。この業界で大切なのは、運と体力。そして見た目も重要なのです!

EC: そしてアコーグループのドアをたたくわけですね

ピーターさん:アコーで働くきっかけになったのは、友人の助言でした。ラマダホテルはアフリカでの展開がありませんでしたが、アコーにはありましたので、将来大好きなアフリカへ転勤する夢がありましたので、決断し念願のアフリカへ帰りました。1989年29歳の時、総支配人として、中央アフリカ共和国でスタートしました。

 

〜大好きなアフリカでの奮闘、ベルギーへの帰国、そして日本〜

EC:アフリカの方がベルギーより良い生活だったのですか?

ピーターさん:とても困難の多い土地でした。民主主義はほとんど存在がなく、暴力や貧困、軍事政権など今まで経験した事の無い問題に苛まれました。私も非常に危険な目に会った事が3回もあります。また17%の従業員にエイズの陽性反応がありました。 貧困が原因の強盗や事件は日常茶飯事。私のスタッフたちの様に仕事を持つ者でも、他の大家族がたかりますので、とてもシビアなプレッシャーの中で生活していましたよ。そんなこんなで、妻がベルギーに帰りたいと言い始めました。妻の意見を尊重しベルギーへ帰国し、国内を転勤する日々を送りました。

EC: どうやってスタッフをまとめていたのですか?

ピーターさん:とっても大変でした。色々ありすぎました。本が書けそうです。

EC: 日本に来たきっかけは?

ピーターさん:日本が転勤先の選択にあったからです。ベトナムやトルコなども選択枠にありましたが、タイミングよかったのが日本でした。

EC: 来日して驚いた事はなんですか?

ピーターさん:これが7カ国目の勤務ですが、初めての「読むことも、話すこともできない言語」の国でした。アルファベットから意味を想像する事もできない。ヨーロッパやアフリカよりもカルチャーショックが大きかったです。

EC: 日本人と働く上でチャレンジングな事はなんですか?

ピーターさん:私は常に「迎え入れる」立場ではなく物事に飛び込んでいく、「ジャンプ・イン」するタイプです。したがって郷に入れば郷に従えで、適応する必要があるのは私の方です。とはいうものの企業カルチャーと、ローカルカルチャーの合意点を見つけていく必要はあります。これがもっとも効果的なのです。 私はどの国の人でもすぐに溶け込めますよ。 順応しないと生きていけません。できない人もいますが、それってねえ。。

EC: 日本のお客様についてはどうですか?

ピーターさん:日本人は、残念ながら「クレームしない人達」です。 苦情を出してくれれば、問題点の追求や改善が出来ます。クレームはしないが、そのかわりに次回の来館もない。他の国では、「シャンプーの蓋で綺麗なネイルが台無しになったから、もうこのホテルには来ない」というクレームもあるのですよ。

 

〜BE MOBILE! 慣れた環境にどっぷり浸かっていてはいけない〜

ピーターさん:私自身も、他のホテルに泊まる時には20個位の改善点が目につく物ですが、一つの所に長く居過ぎると盲目的になってくるものです。

時間に追われ、慣習化してくると、見えなくなる事が多くなります。しかしこれは大変危険な事です。新しいビジョンを持って緊張感高めていると違和感や至らない点が何なのかすぐ分かります。

ホテルのインテリアに関しても、なにか腑に落ちない点があってもがそれが分からなくなる。例えば、以前勤めたホテルで私の後釜として入社した女性の総支配人は、私が長年もやもやしていたロビーの問題点が「カーテン」であった事を突き止めてすぐに改善していました。これに関しては「負けた〜」と思いましたね。細部へのこだわりとセンスが本当に大切なのです。したがって「変わる」ということはとっても大切なのです。

EC: 人生のモットーを教えてください。

ピーターさん:「愚痴をいうな。」に尽きます。 世界にはもっと大変な状況下におかれている人がいると言う事を肝に銘じておくと良いでしょう。もし愚痴を言いたくなったら、1回大変な国を見てくると良いですね。親より先に子供が死んでいる国が沢山あるのです。おごってはいけません。

EC: 同業界で上をめざしている若者にメッセージを!

ピーターさん:ホスピタリティー業界では第一にBe mobile! フットワーク軽く世界中に出ましょう。第2に語学を学びましょう。 この2つをメッセージとしてしたいですね。

良いポジションを得るには、自分から動いて取りにいった方が賢明です。 最近の若い世代の日本人は、以前と比べてなかなか外国に出たがらないようです。出世は受身の立場ではなく、たとえば急成長の国へ行って挑戦するぐらいがいいのです。それが早い出世へと導くでしょう。 そして語学力は絶対必要。いつも学ぶ姿勢を大切にしましょう。

EC:将来についてお聞かせ下さい。

ピーターさん:7カ国を制覇してきましたので、定年までには10カ国をめざしたいです。 次の国はまだ分かりませんが、どこへでも行きます。 もし明日砂漠の真ん中へ転勤せよと命令が出ても、ホテル自体が自宅のようなものですので、寝床もキッチンもあります。シベリアでもアマゾンでも世界中とても気軽に飛んでいけます!最近はインターネットがありますし、いつも世界とは繋がっていますから。とにかくチャレンジング精神が大切なのです。

パートナーがいる皆さんは、結婚を考えている相手ならば、結婚する前にパートナーとじっくり話し合いましょう。相手の意見を尊重し合意点を見つけましょう。私も妻に対して、家長がそうしたいからと強引に転勤させる事は避けてきました。

カップルは、同じリズムをもっている事が大事。性格や価値観は違っても良い、もちろん同じでも良い、でも二人のリズムってとても大事なんですよ。

EC: おお貴重なアドバイスも。。どうもありがとうございました。

 

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ピーターさん直伝の、「ベルギー人と仲良くなる為の10の心得」はこちら。

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